2003年に設立した京都 神楽岡の版画専門ギャラリー「アートゾーン神楽岡」。元々版画のコレクターだったという代表の谷口宇平さんに、ギャラリーを始めることになった経緯や、ギャラリストとしての活動についてインタビューしました。
「アートゾーン神楽岡」オーナーの谷口夫妻。(左:瑛子さん 右:宇平さん)
背後の作品は、中央はデビット・ホックニー、左右は若木くるみ作。
版画コレクターからギャラリストへ
―谷口さんは、元々版画のコレクターだったそうですが、版画に興味を持ったきっかけから教えていただけますか。
一番最初は高校生くらいの時に、木版の年賀状を出したことからでしょう。そこからだんだん版画に凝りはじめ、社会人になってからは、銅版画も習いに行くようになりました。40歳くらいまで、自作の版画の年賀状を出し続けていました。
また、そうした趣味の版画制作の傍ら、24歳くらいから画廊に通うようになりました。友人に誘われて行った画廊で偶然出会った、気鋭の版画家、黒崎彰さんの作品に一目惚れし3000円くらいで購入したのが最初です。一度購入すると、作家のことなど調べたりするうちに、さらに他の作品も欲しくなっていきます。当時は大学を卒業し、同志社大学の職員として働き始め2、3年というころでしたが、版画は1枚2000〜3000円と、サラリーマンの私にも手が届く価格で、毎週のように画廊に通っては少しずつ買い集めていきました。
―その頃から作品を集めているとなると、かなりの数のコレクションになるのではないでしょうか?作品を収集する際の基準はありましたか。
そうですね、版画集なども入れると1万枚近くはあるかもしれません。最初は、自分の好みも定まらず、あらゆる作品を購入していましたが、だんだん目が肥えていきました。また、雑誌『版画芸術』なども毎号購読し勉強しました。80年代からはオークションにも参加しました。90年代のバブル崩壊後は、海外の有名作家のものも含め、良質な作品が比較的手に入りやすい価格で出回っていましたね。
これまで様々な作品を購入してきましたが、自分にとって良い作品とは、決して美しいだけではない、だれにも真似できないような個性や、一度見たら忘れられないような魔力のある作品ということでしょうね。そういう心に残るようなインパクトを大事にしています。
―コレクターとしての活動から、画廊を立ち上げられた経緯について教えてください。
実は、40歳頃からコレクションをだれかに見せたいという気持ちが芽生え、いつか自分の私立美術館を持つことが夢になっていました。しかし、気がつけば30年以上勤めた同志社大学も定年間近。まだ体力のあるうちに、と50歳中ごろに早期退職を決意し画廊を立ち上げました。当初は美術館にすることを考えていましたが、自分のコレクションを見せるだけでは、2〜3年はもってもその後が続かない。それよりも画廊という形で、常に新しい作家を紹介し続けるほうが継続性もあり、自分自身にとっても新しい作家の発掘ができるだろうと判断しました。
―大学職員からギャラリストへというのは、180度異なるキャリアのスタートですね。
ええ、大学辞めて画廊を始めると言ったら、周囲の人はみんなびっくりしていました(笑)
しかし、大学職員として大学内の様々な仕事を経験できたことは、画廊の運営にとっても非常に役に立ちました。図書館、経理、学生部、プランニング・・など実に様々な仕事がありました。経理など直接経営に役立つ知識を得られる機会もありましたし、プランニングの部署では、学部創設に関わったのですが、法律を調べたり、他校についてリサーチしたりと、イチから企画を立ち上げる苦労と醍醐味を経験しました。
そういうことが、画廊運営にあたっていろんなことに対応できる耐性や能力になったんじゃないですかね。
中二階に浮かぶようなガラス張りの収蔵庫。
こだわりの空間は、コンペ形式で建築家から募った設計案から選ばれた。
「アートゾーン神楽岡」設立のポリシー
―そうして、2003年10月に「アートゾーン神楽岡」をオープンされたのですね。
オープン初の展覧会は「アトリエ・コントルポワンの作家たち」展。アトリエ・コントルポワン(前身は1927年設立のアトリエ17)とはパリにあり、ピカソ、ミロ、ダリ、マッソンなども活躍した由緒ある版画工房です。日本からはもちろん世界中から留学生が集まり、最先端の版画技術を学びました。その版画工房の所属作家10名をここで展示したんです。版画仲間の人脈からオーナーを紹介してもらい、実際にパリまで足を運びました。
―初回から力の入った企画を行われたんですね。パリの版画工房の作品が見られるということで、日本の版画作家にとっても良い刺激になりそうです。
そうですね。画廊は初心者でしたが、どうせやるなら自分が楽しめるようなことをやりたいというのは当初から思っていました。また、業界全体の発展に貢献したり、視野を広げたりするためには、何をするべきなんだろうということも頭にありました。
他に面白い経験といえば、作家のカタログ・レゾネ(全版画集)を自分で制作したこともありました。山下清澄という80年代に非常に人気のあった作家で、寺山修司と合作の詩画集などを出していたのですが、私が画廊をはじめた頃には久しく個展を開いていませんでした。そこで、山下清澄の1ファンとして直接ご本人へお手紙を出し、個展のオファーを差し上げたところ、山下さんも当画廊の姿勢に賛同してくださり、展示が実現することとなりました。
そうしたご縁から、山下さんの集大成としてカタログ・レゾネを制作することになったのですが、フルカラーの大型本となるので、印刷会社に外注すると、編集費、撮影費、デザイン費、印刷費・・と大変な金額がかかります。そこで、なんとか費用を抑えるため、私が自分で撮影、デザイン、編集など印刷以外のすべての工程を行い、制作をすることにしました。もちろん、編集やデザインは初めての挑戦だったので、完成までにまる2年かかりました。
山下さんの版画4枚がついた豪華特装版(20万円)と通常版(3000円)の2パターンを制作し、販売しましたが、豪華特装版は無事完売。手間も時間もかかりましたが、レゾネ制作のために、山下さんの版画全作品を見られたのは個人的にも嬉しい体験となりました。
このように、時代の流れの中で忘れられてしまう、いい作家が他にもたくさんいるんです。そうした作家たちももっと紹介していきたいですね。
山下清澄のカタログ・レゾネ
山下清澄の銅版画が冊子カバーとなった豪華本
山下清澄のカタログ・レゾネ(通常版)誌面
右ページに寺山修司との共作詩画集(私窩子)作品を掲載
現代版画の発展に向けた取り組み
―今年の春(2022年4月12日〜5月8日)に第三回展が開催された「京都版画トリエンナーレ」は、業界内外から注目される現代版画のイベントです。谷口さんは、この「京都版画トリエンナーレ」第一回展の立ち上げから携わられたとのことですが、開催の経緯について教えていただけますか。
画廊を初めて4〜5年ほど経った頃、画廊での展示以外に何かできないかと考えましてね。国内外の版画作品を公募で一同に集めて、優秀作品を展示するコンペティションを思いつきました。
京都市立芸術大学の木村秀樹先生に企画書を持って相談に行ったところ、企画に賛同くださり、ただし国内だけでも面白い作家がたくさんいるということで、日本国内を対象にしたコンペティションの実現に向けて、動くことになりました。
しかし、こちらも莫大なお金がかかるためスポンサー探しに苦戦。数年がかりでなんとか実現に漕ぎ着け、2013年に第一回京都版画トリエンナーレを京都市美術館で開催しました。
最終的には、公募性ではなく、版画家や評論家、学芸員、画廊オーナーなどふくめた20名の推薦者が、版画作家を1名ずつ推薦し、選ばれた作家がイベントで作品を展示する、というかたちになりました。作家には、壁の幅10m、10m×5m四方の床面のスペースが与えられ、版画を取り入れていれば、作品の形式は自由。立体や映像の作品など、従来の版画の枠を超えた作品なども発表され、非常に刺激的な場となっています。新聞社などメディアからの注目も高く「これが版画か!?」と話題になりました。もはや、版画とはジャンルというより、作家が自分の表現を追求する上でのひとつの欠かせないツールと言ってもいいかもしれません。
―来年は「アートゾーン神楽岡」設立20周年です。今後、取り組んでいきたいことはありますか?
普段は、版画メインで制作をしていない作家の中にも、版画を制作したら面白いものを作る人がいます。そういった才能も発掘していきたいですね。例えば、この作品は現代アーティストの若木くるみさんの作品ですが、面白いでしょう。
様々な作家に、版画を使った作品にチャレンジしていただきたいです。
若木くるみ 「反抗期」 2022年作 ミクストメディア(木版画+刺繍) 30×22.5㎝
20周年にあたっては、定期的に行っている作家の個展のほか、山下清澄など、過去20年で行った展示のうちもう一度やりたいという作家の展示も企画しています。また、各作家の絵葉書を作り、来場いただいた方にプレゼントする予定です。
―最後に、読者にむけてコレクションをはじめるコツを教えてください。
コレクションをはじめたければ、まずは画廊で1点作品を買って家に飾ってみること。これにつきます!
■アートゾーン神楽岡
〒606-8311
京都府京都市左京区吉田神楽岡町4
営業時間 12:00-19:00
定休日 水曜日・木曜日
取材・文/美術検定協会・編集チーム
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