まいど、アートナビゲーターのあづまっくすです。毎年恒例の美術検定ブログ上での「アートフェア東京」レビュー(過去のレビューはこちらで読むことができます!→ http://bijutsukentei.blog40.fc2.com/blog-entry-291.html )もできないまま、あっという間に2020年の春が終わってしまいました。
新型コロナウィルスの影響で美術館が休館し始めたのは、2月27日頃からでした。その後、地方を中心に5月以降休館が解除され、東京も6月に入り美術館が開館し始めました。このブログをお読みの皆さまも、ようやく美術館やギャラリーへ訪れる機会が増えたのではないかと思います。ただ、時間制チケットの導入や入館の際のチェックなど、これまでとは違う“ニューノーマル”を感じた方も多いのではないでしょうか。そしてまた、美術好きの皆さまの中には、「行列のできる展覧会は今後どうなるのだろう」とお考えの方も多いかと思います。
そんなコロナ禍の真っ只中に発売されたのが、今回ご紹介させていただく『美術展の不都合な真実』です。
■『美術展の不都合な真実』 古賀太 著 新潮新書 760円+税
著者である古賀太さんは、現在は映画史などをご専門に大学で教鞭をとっていますが、もともとは国際交流基金、朝日新聞社などで美術展の「中の人」として様々な展覧会に関わってらっしゃる方。ブロックバスター展と呼ばれる、行列ができる来場者の多い美術展も手がけていました。
挑発的なタイトルから、「暴露本?」という印象を持ちつつ読み始めたのですが、読み終えた後に感じたのは、美術展への想い、でした。美術館で美術展を作り上げる人への応援歌であり、美術作品を愛する鑑賞者への示唆に富んで、さらには、世界に比べ独特といわれる日本の美術展に対する未来への提言も盛り込まれています。
8章からなる章立ては大きく2つのパートに分けられ、タイトルでもある『不都合な真実』は主に第1章から第3章に取り上げられています。美術館に足繁く通い、テレビや新聞、広告などで美術展の紹介を普段から目にしている見ている方には、なるほど、と合点がいったり、驚いたりといった内容でした。これはぜひ、手にとって読んでいただきたい部分ではあります。
ですが、この本の注目すべき点はそのあと。美術展の歴史を振り返りながら、『不都合な真実』が発生する大きな転機があったこと、その後の美術館自身の変容を、独自の視点から分析していきます。特に国立新美術館ができてからの、東京の美術館の企画の変化についての論考は興味深いものでした。そういった過去の経緯をふまえて、現在から未来へと話を展開させつつ、美術展に足を運び美術鑑賞を心から楽しむすべての人へのメッセージが込められています。著者自身、美術展を作る立場から離れ10年間、美術展を愛する人として、日本における美術展の未来への可能性を示唆しています。
個人的には、第7章での、「本当に足を運ぶべき美術館はどこか」にみられる、著者の好み、その審美眼の的確さが興味深い点でした。友人がこの本を「まずこの章から読んだよ」と言っていたのも頷けます。この章では、美術館の学芸員が精魂込めた企画、味のある作家の個展やコンセプトのはっきりした展覧会が並んでいました。
この本を読み終わった時、美術とどう関わっているかによって読み手の感じ方が異なるだろうな、と思ったので、SNSで「読んだよ」と書いたところ、予想通りさまざまな感想や意見をいただきました。美術館の方やアートボランティア、アートブロガー、思い思いのコメントに目を通しながらも、皆さんに共通するのは、『不都合な真実』ではなく、withコロナの美術展をめぐるニューノーマル、その環境下での美術館・美術展の変容への期待、だと感じました。
また、美術検定の視点からみると、美術作品をどう鑑賞するか、といった作品の情報はほとんど書かれていないのですが、美術館・博物館の役割、大規模展示、所蔵品を活かしたコレクション展の重要さ、といった美術検定1級や2級の試験問題に頻出の情報を、非常に具体的な実例と共に学ぶことができます。
最後に、海外から作品を借りてくることがこれまでより難しくなると思われる中、これからの日本の美術展はどのように変わっていくのでしょうか。また作品を“みる”環境はどうなっていくのでしょうか。私達は今まさに、転換期の目撃者なのかもしれません。
プロフィール/2005年の横浜トリエンナーレで初ボランティア、それ以来、会社員のかたわら都内を中心にガイドやワークショップのお手伝いをしております。ちなみにコロナ禍では、ガイドツアーといったリアルイベントはまだ行われていません。在宅で落ちた筋力とともに、作品をみる力、そろそろ鍛えなきゃ。
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